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Days & Stories

どうしても知りたかった

2022.06.27 キッチンジャーナリスト 本間美紀

●魅了されたその建築とは

セミナーハウスとは聞こえがいいけれど、「青鹿寮」の実態は山岳者が泊まる山小屋のような素朴な木造建築だ。

早稲田大学の学生がサークルで森林育成ボランティア合宿をしながら、地域交流や行政、教育、森林の研究などさまざまなテーマで、学生の自主的な活動に活用されていることもユニークだ(かなり老朽化が進んでいるけれど)。一つの趣味に偏ることなく、多様な学生が内外から集まっていた。東日本大震災の時にはボランティアの拠点としても使われた。2018年には大学から賞ももらった活動だ。

若かった私を魅了してやまなかったのは、その建築だったと今は確信している。

合宿の運営も学生が行った。ドーム型の屋根に鐘付き堂。朝は当番が鐘を鳴らして目を覚ます。無垢の木の床の広いセミナールーム。土間のある食堂には薪で焚くダルマストーブ。テラスの下に外と中を繋ぐポーチ。囲炉裏を囲んで、山道具などの備品を手入れできる道具部屋。

大きなキッチンルームのような厨房は本棟と切り離され、大きな木のワークテーブルをステンレスの素朴な流し台が囲む。薪でご飯を炊く釜があった。食事も学生の自炊で、当番の時は本当に緊張した。お腹を空かせた学生に芯メシは出せない。実は私の理想とするキッチンは意外とここだったりする。

一方で、階段から玄関に向かう視線の流れなど、ふとした景色を切り取る内観。石積みの基礎土台、全体のプロポーションなどに独特の美学を感じた。バブル景気の残る学生時代、豪華なホテルで過ごすよりも、ここでの夏が楽しかった。

学生の時は気づかなかったけど、あれは建築家の仕事だったのではないかと後年思いながら、ずっと気になっていた。数年前、この活動の記念誌を編集する際に大学の施設課から入手し、凛とした立面図に見とれた。残念ながら設計者の記載は落ちていた。

ウィキペディアに青鹿寮は吉阪氏の仕事と記してあるが、展覧会では事実として記載は見つからなかった。でもあまり見ることのない建築の展覧会では、この建築家の文章を読むのが面白かった。著書も多い。山への愛やプリミティブな建築手法、現場主義、農村調査に携わった経歴から、青鹿寮とは何らかの関わりがあった、またはその流れの人がつくったに違いないと感じた。

「好きなものはやらずにはいられない、生きるか死ぬか、生命力を賭けて」と吉阪隆正は寝食を忘れて打ち込む「本気のあそび」を実践していたという。

会場にあった、吉阪隆正と一緒に写真が撮れる等身大パネル。後ろの壁面には1/1の自邸の断面図。

そして私もやはりいつでも現場を歩いていたいと思ったのだ。
今回はちょっと珍しいコラムになりました。

2022年7月4日追記:これを読んだ読者の方からお知らせがあり、こちらの吉阪隆正研究に記載がありますと教えていただき、確認できました。ありがとうございました。

「吉阪隆正展:ひげから地球へ、パノラみる」(東京都現代美術館)(2022年6月19日に終了)

コラム=本間美紀(キッチン&インテリアジャーナリスト)Text=Miki Homma(journalist)

●前回のコラム「一杯のワインが差し出される時」はこちら
●次回のコラム「おもてなしとサービス」はこちら

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