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Days & Stories

ドイツのお鍋

2022.03.25 キッチンジャーナリスト 本間美紀

[本間美紀のコラム 2022/03/25]

●いいお鍋はレシピ本より“取説”が好き

もうブロッコリーに熱が入りすぎた。WMF、ヴェーエムエフというドイツブランドのお鍋で、野菜を蒸した時のことである。

バウハウスの影響を受け、実用性を重んじたきりっとした鍋である。
ではとてもかっこいいかといえば、武骨でどこか野暮な感じがある。それもドイツらしくて気に入っている。

車でもドアでも食べ物の量でも、なんでも大きいドイツ。最新作の鍋は16cmφの深鍋、浅鍋の2個セットのコンパクトなシステム鍋だと聞いて、早速入手した。最初見たのはドイツ・フランクフルトの「アンビエンテ」の見本市会場で、周りの鍋と比べてとても小さく見えたけど、日本のキッチンではしっくりくる。

最近の料理道具には必ずレシピ本がついているけど、私はあまり見ない。取扱説明書を熟読する。おまけレシピ本のおしゃれな料理写真と汎用的なレシピが、道具の本質を隠してしまっていることがよくある。料理研究家のレシピより、まずは道具を自分のものにする筋道が知りたい。

目の前にあるのは小さいけど、しっかりとしたステンレスのWMFのお鍋。取扱説明書を読んでいこう。
ステンレスは「クロマーガン」という特にサビに強く、それでいて銀のように輝く独自のステンレスなのだという。

「野菜から出る水分と少量の出汁や調味料で煮ることができます」
蒸煮と言っても中国の蒸篭のような呼吸するような蒸し型ではない。どちらかといえばサウナ。緻密に作られたふたは密着して熱をこもらせる。小さい鍋でも鍋底はIHやガスの熱をよく拾うように厚い。

わずかな水を鍋に入れ、スチーマーに野菜を入れて点火して、湯気がこもったと思って火を止める。他の調理作業をしている間に、もうブロッコリーはくたくたになる。その熱効率には本当に驚く。ちょっとだけの水、ちょっとだけの熱で料理ができるように、この鍋は、そう考えて作られている。エネルギーを少しも無駄にしない。

「たった2cmの油でも揚げものができます」
これも熱効率の賜物だと思うけれど、え、どんなものが揚げられるの? と思ったときに、やっとレシピが必要になる。その時は本当にまずはシンプルな料理を教えてほしい(ちなみにそういう意味で平野由希子さんの「ル・クルーゼだから美味しい料理」はとても良書だった)。

クロマーガンのフライパンの場合、「充分に予熱ができていれば、水滴が玉のように弾けます」こういう記述に響く。
予熱してから調理をはじめるようにと書いてある。その目安として水滴を落とすそうだ。想像しただけでも楽しそう。コロコロと水の玉が跳ねる。さあ、食材を入れよう。そんな気持ちになる。ジューっと音がすれば、それだけでもう気持ちは美味しい。

ところでドイツ本国のWMFには春の風物詩アスパラガスを茹でる専用のお鍋もある(日本では発売中止になってしまったようだけど)。ドイツ人の大好物の美味を効率よく引き出す“専用鍋”という発想が、これまたドイツらしい。

柔らかくて太いアスパラガスを傷つけないように専用のカゴに並べ、縦に茹でる。ほくほく湯気を立てているところにオランデーズソースをかけていただく。3本も食べればお腹いっぱいになる。

繰り返すけれど、おまけのレシピ本より取扱説明書を熟読する方が、時に素敵なことが書いてある。良い道具を凝ったレシピで隠さないでほしいと思う。鍋の個性や考え方を、丁寧に教えてくれるだけでいいのに。

理屈がわかれば、私たちは口を持たない道具と語り合うことができて、暮らしの仕組みに組み入れることを考える。メーカーがそのことをまず素直に繰り返し伝えてくれれば、いいお鍋はもっと売れる。

そして別のところで聞いた素敵な言葉。

「ガスコンロでもIHクッキングヒーターでもメーカーや機種ごとに持ち味があり、使う人の料理の仕方にも個性がある。だから1年くらいかけて相性のあう鍋やフライパンを見つけていく。それが当たり前のことだと思う」と、そのキッチン機器のマーケティングを担当する彼女は話していた。
とても大切なことなのに、メーカーの説明書には書けないことなのだ。

それがものを使いこなしていく、キッチンを育てていくことだと思う。

文=本間美紀

 

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