イタリアの工芸美とテクノロジーを融合させたキッチン。それがバルクッチーネ。
2026年のミラノデザインウィークは特定の新作キッチンを発表するのではなく、既存のキッチンシステムや新しい要素、素材を、職人技と工業的イノベーションの対話として再編集する「クラフティングフォワード」という空間プロジェクトを展開しました。

モザイクタイルや真鍮、天然石の細かな細工、カラーガラスなど、イタリアでしかできない工芸を取り込んだデザイン。さらに重力や自然の力学を人間工学に応用した知恵。その二つをあわせ持つ「この世のどこにもない」キッチンがバルクッチーネです。1980年代に創業し、創業メンバーであるガブリエレ・チェンタッソ氏が全モデルをデザインしています。

近年は注目の建築家による「バルクッチーネの再解釈」を見せることに力を入れています。キッチンのデザインではなく、建築家がどうバルクッチーネを使うか──そこに焦点が当たっています。
2026年に起用した建築家はZanellato/Bortotto Studio(ザネラート/ボルトット・スタジオ、以下ZBスタジオと略します)。ミラノではこの数年でぐんと注目度があがったカップル。バルクッチーネは前回もネリー&フーとのコラボレーション展示を行っています。

ミラノ・ブレラ地区の入り口ともいえるモスコーバにあるショールーム。2026年のミラノデザインウィークでも大半モデルのコンセプトが変わることはありませんが、キッチンの考え方を進化させています。バルクッチーネを見る最大の理由は、不変のモデルが今年はどんなアイディアをまとっているか。そこに尽きると思います。

今年、メインモデルの一つ「アーキグラフィカ」はエルム材を使った温かみのある装いに大変身。もちろんZBスタジオの手によるもの。奥行25cmという浅くて使いやすいサイズのウォールユニット「ロジカ・テトラム」をキッチンからダイニングまで設置し、つながりのあるキッチンダイニングをショールームで再現しました。

ワークトップにはオリーブグリーンの天然石を採用。明るい木目の軽さと濃厚な緑の重厚感のバランスをとっています。木材の工芸美はそのままバルクッチーネの薄くても強いキャビネットをつくるテクノロジーと一体化しています。
このコラボレーションを解説しながら、2025年にバルクッチーネの新CEOに就任したダミール・エスケリカさんのビジョンも紹介していきたいと思います
ダミール・エスケリカ氏はイタリアのモローゾという家具ブランドでのキャリアを経て、バルクッチーネのCEOに就任しました。モローゾも非常に先進的なアイディアと伝統を大切にするブランドで、ダミール氏のバックグラウンドにも大きく影響しています。
「私はガブリエレ・チェンタッソが築きあげた価値観を心から信じています。私の役割は、その価値観を、アイデンティティの面でも、文化の面でも、さらに広げていくことです。そして同時に、世界に対して非常に際立った考え方と持つキッチンとして伝えていくことでもあります」

それはどういうことですか?問うと「これまではキッチンを料理するシステムとしてとらえてプロダクトを作っていましたが、建築空間にもバルクッチーネのシステムは拡張できるのではないかと考えています。今回ZBスタジオに試みてもらったのは、バルクッチーネでインテリア空間をつくることでした」

「私は前職でモローゾという素晴らしい家具のブランドにいました。そこで家具の在り方、売り方を学びました。一時はヨーロッパで最も競争の激しいロンドンで2年間、営業の最前線で働き、インテリアは機能ではなく、顧客が求める暮らしを売ることだということを痛感し、その思いを完成させるためにバルクッチーネに入社しました。そこでここのキッチンのシステムはインテリアまで広げられると確信し、ZBスタジオにその可能性を見たいと依頼しました」

「バルクッチーネのコンセプトはトレンドとは全く関係ないところにありました。今日美しいものは、10年後も美しい。だから創業者のガブリエレはミラノサローネを一度も見たことがありません。なぜかというとトレンドにも基づくものではないからです。私たちは『長い時間をかけて築き上げる美しさ』というコンセプトに取り組んでいます。ブランドの価値観を非常に強く表現するものとなるように、私たちはひとつひとつの素材を研究しています」

「私はいつもこの例を挙げます。20歳で美しい人もいます。しかし75歳で美しい人もいます。私たちのキッチンは、たった一日だけ美しいものであることを意図していません。人生全体を通して美しくあることを意図しているのです」先ほどのエルム材のキッチンもダミールさんの意図する「経年変化の美」を実現してくれるに違いありません。
そしてこちらはバルクッチーネが得意とするアルミニウム構造とガラス工芸の技術を最大限に生かした「リチクランティカ」です。

マット風に見えるガラス加工の扉は、中のものをほんのりと見せ、どこに何があるかわかりやすく、パンチングされた金属の扉は通気よく、キッチンで出る湿気の残るものを収納するのにも適しています。いずれの扉もわずか2mmという薄さ。
機能的でありながら、美しく耐久性がある。これもまたZBスタジオの再解釈によるバルクッチーネの使い方です。

素材は温かなエルム材から一変してハードなマテリアルですが、シンプルですっきりとした空間。こちらはこちらで清々しさを感じます。空と大地をイメージする「テッラ・チェロ・シェルビングユニット」に、鳥の羽ばたきから着想した「アエリウスウォールユニット」を組み合わせています。
「バルクッチーネのクライアントは、単にブランドを買う人ではありません。単にトレンドを買う人でもありません。非常に高い審美眼を持ち、ニッチなものに対する感度を持ったクライアントです。天然素材だから良い、高いから良いではなく、このようなインダストリアルマテリアルの賢い使い方を理解できる。そして創業以来のデマテリアルゼーションというコンセプト(素材の使用量を削減して、よりよいものをつくり、環境への負荷を減らす)にまで、追いついてきてくれるのです」
そしてショールームでまったく新しい印象を持って迎えてくれたのは、日本でも最も人気のモデルの一つ「ジーニアスロッチ」。地霊に由来するモデル名で、イタリアの地元の工芸美を取り入れられるアイコニックモデルです。引出しの手掛け部分に石や象嵌、金属などのマテリアルを好みでセットできるのですが、日本ではシックなモデルで知られています。

ZBスタジオが天板とドアに選んだのはイエローのマットガラス。「Aurora」という天然石のマーブルキューブがアンダーカウンタードロワーの手掛けを装っています。太陽のような色は、地中海のヴィッラなどに似合いそうと気持ちも明るくなります。

その奥の壁にも注目してください。ブラウンがかった真鍮色に仕上げられた収納は空間と一体化し、キッチンシステムの一部とは気づかないほど溶け込んでいます。

一方でこれまでキッチンプロダクトとして開発されてきた「ロジカセラータ」。独自の構造でスクリーンのように一枚の大きな扉が上下する仕組み。このキッチンのフリースタンディング版も登場し、部屋の中央で間仕切りとなりながら、ビバレッジステーション(コーヒーやアルコールなど飲み物の特化したバーキャビネットのような収納)として機能します。

こういったプロダクトもチェンタッソ氏が考える「人間工学的で材料を無駄にせず、美しい」という哲学を発展させながら、新しいライフスタイルに寄り添った提案だと感じました。
そんな印象を確かなものにしてくれたのが、ダミール氏の言葉でした。
「今後、最も重要なミッションはガブリエレ・チェンタッソがつくったシステムは、家のすべての場所で活かすことができることを、広めることです。キッチンと家が補完し合えるシステムを持つのはバルクッチーネだけです。狭い空間でも広い空間でもアルミフレームをベースにしたキッチンはフレキシブルで、いくらでも拡張できる。世界各地でブランデッド・レジデンスのプロジェクトが進んでいます」

ブランデッド・レジデンスとはそのブランドの世界観が入っていることで、資産価値、感性価値があがる高級レジデンスをさします。ダミールさんはバルクッチーネのブランドは、そこにふさわしい価値を持っていると考えています。すでに世界で285のショールームを展開しています。

今回の「クラフティングフォーワード」は、前回以上にレジデンスとしてのバルクッチーネキッチンの可能性を推し進めて見せてくれた印象がありました。また空間のあちこちに木のパネルを組んだパーティションが部屋を仕切っていましたが、光が当ると落ちる影まで美しい。こういうふとしたシーンが建築家とバルクッチーネが細部まで配慮する感性を伝えています。

ミラノデザインウィークではばたばたと回るのではなく、立ち止まってこんな一瞬を見つけてほしい。時々、私はそう思うのです。
最後にショールームのエントランスを紹介します。天井高があり、自然光が入るスペース。アルミのフレームで上方向にも拡張できる収納システムが、上へ上へと伸びていました。なんと美しい壁面でしょうか。

左側には壁にハンギングされたキッチン「ニュー・ロジカ」がおさまっています。はねあがった扉を閉めると空間はよりすっきりと見えるはずです。
最後にダミールさんに創業者であり全てのキッチンのデザイナーであるガブリエレ・チェンタッソさんについてどう思うかを聞いてみました。彼はすでに78歳。後継者も気になります。

「明確にお答えします。彼は創業者であり、デザイナーです。そしてこの二つには、それぞれ非常に重要な意味があります。創業者であるということは、価値観を意味します。社員は全員この価値観を共有しています。バルクッチーネが他のどのキッチンブランドとも違う理由はこの結束力にあります。私たちにとって重要なのは、その価値を受け継ぎ、発展させ、強化していくことなのです。それは大きな責任です。デザインの視点から見ても、会社の価値を受け継ぐという視点から見ても、そしてビジネスの視点から見てもそうです。ですから私たちは、ガブリエレ・チェンタッソとともに、社内で新しい人材、新しい役割を育てています。彼らはガブリエレに密接に連携しながら、哲学を継続していくために学んでいます」

以前、バルクッチーネの本社を訪ねた時、私が感じたガブリエレさんの印象は子どものように純粋で、ダ・ヴィンチのような発明家で、詩人のように語る人でした。そんな彼はダミールさんによると「78歳になりましたが、いまだに毎日パワフルで、自然の中を歩き回り、つねに新しいことを考えている」そうです。
そんな言葉に安心しつつ、「バルクッチーネは変わらないけど進化している」と「クラフティングフォワード」の意味を実感したのです。
●バルクッチーネのブランド情報はこちらから
〈Valcucine for sustainability〉自然から生まれて還るアートなキッチン
https://realkitchen-interior.com/sp-issue/22846/
●2018年に訪ねたバルクッチーネのイタリア本社訪問記はこちらから
〈Visiting Valcucine 知恵あるキッチンバルクッチーネ〉
https://realkitchen-interior.com/sp-issue/13532
●Valcucine Tokyoの公式WEBサイトこちらから
https://valcucinetokyo.jp/
●Valcucine Tokyoのショールームのご予約はこちらから
https://valcucinetokyo.jp/showroom/
取材・文/本間美紀 早稲田大学第一文学部卒業後、インテリアの専門誌「室内」編集部に入社。独立後はインテリア視点からのキッチン、家具、住まい、家電、キッチンツールまで、デザインのある暮らしの取材を得意とし、建築家住宅の取材は300件以上、ユーザーとメーカー、両サイドからのインタビューを重視し、ドイツ、イタリア、北欧など海外取材も多く、セミナー活動も増えている。著書に「人生を変えるインテリアキッチン」「リアルキッチン&インテリア」(以上小学館)、「デザインキッチンの新しい選び方」(学芸出版社)。
Report& text=Miki Homma(Journalist)
Valcucine Tokyo
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http://valcucinetokyo.jp/