日本で最も有名な名作椅子が「Yチェア(CH24)」。そしてそのデザイナーだったハンス J. ウェグナーの才能は、カール・ハンセン&サンの名声を揺るぎないものにしました。
ハンスJ.ウェグナーがミラノのアパートメントに住んだら、どんな空間となるのか。そんなふっと肩の力が抜けたリアリティのあるイベントがミラノデザインウィーク中に開催されました。特別展示 「Balanced Principles – Visions of Wegner(バランスド・プリンシプルズ、ウェグナーの視点)」 です。

ミラノのブレラ地区は美術学校や美術館があり、芸術好きの若い世代が集まるエリア。ここにハンス J. ウェグナーが住んでいたら、どんな暮らしになるのでしょうか。カール・ハンセン&サンはそんな「素敵な空想」に挑戦しました。
会場となったのはソルフェリーノ通りの実在するアパートメント。住人の方には期間中、仮住まいをしてもらいましたが、住まいのしつらえの一部はそのままだったのも実にリアル。狭い階段を上がる100㎡に満たない部屋は、訪れる人でいっぱいでした。

広さに限りがある住まいで、リアルにカール・ハンセン&サンの家具を使った様子を見せたい。日本の拠点からのそんな声を生かした企画でもあるそうです。
この企画にあたっては、ウェグナーの家族から私生活に触れるリサーチを行い。ウェグナーが今ここにいるような、リアルライフを再現しました。愛用していた道具やスケッチでアトリエを再現。

椅子の座面にイタリアの生地「デダール」を張るなど、デンマークにはないイタリアデザインの布を自作でも試みただろう、と想像し、ウェグナーの知的好奇心を随所に忍ばせています。

つねにメモやスケッチをしていたというウェグナーのアトリエは、画材や筆記用具がそろい、不思議な温度感が漂っていました。

さっきまで彼はここにいた。彼は何を見ていたのだろう?
思わずそんな想いが頭の中を駆け巡りました。
一番奥のアトリエでウェグナーの存在を確かめた後は、ライブラリーを備えた小さなリビングへ。そこには復刻されたばかりのモジュラースタイルの「CH280 ソファ」が。幅640mmのユニットを組み合わせるので、スペースに合わせて数を調整できます。端正なスクエア型のデザインで、背のあるコーナーユニットを使えば空間を仕切るような効果もあります。

張り地の色を変えているのも、今らしい提案で、ともすればニュートラルカラー、シンプルに使ってしまいがちなカール・ハンセン&サンの家具を、イタリアらしいエモーショナルな仕立てで楽しめるということも感じました。

「CH086 コーヒーテーブル」も復刻されましたが、スペースの広さや訪れる人数に合わせてテーブルの両端を広げることができ、このあたりも日本の暮らしにあった機能です。

メインなのに一番最後になってしまいましたが、一番広くて日当たりのいい部屋にはウェグナーの名作椅子がランダムに並びます。ここでもイタリアのデダールの生地を座面に張り、堅牢で質実剛健なデザインが、華やかな生地をまとって、楽しそうな雰囲気に。

そして流れる音楽。クラシック音楽を愛したという家族の言葉を元に、特別なプレイリストもシェアされ、「ミラノに住んでいたら」という空想を、より深く、訪れる人と分かち合ったのです。

ミラノのアパートメントの出窓を利用して、小さなデスクスペースもつくっています。「CH33 ダイニングチェア」。

「バランスド・プリンシプルズ」のテーマを象徴させるモビールのオブジェが、室内のあちこちに飾られていました。
この空間で私は不思議な体験をしました。家具やインテリアを長く取材していれば、ウェグナーの椅子の代表作の大半は頭に入っています。けれどもそれはあくまでも情報で、椅子の個性を感じ取ることはありませんでした。
けれどもここではまるで、一人の人間のように椅子の個性が立ち上がってきたのです。
整形合板による曲面の背と座、そして3本脚があまりにも有名な「CH07 シェルチェア」。造形の面白さからコレクターアイテムとして好まれますが、この仕立ては非常にインテリジェントで、本をゆっくり読みたくなります。

深い赤みを帯びた革で背と座を張った「CH28P ラウンジチェア」は、生活道具としてデザインされたウェグナーの椅子を、どこかラグジュアリーに見せます。ゆったりとしたドレープのスカートの女性が腰掛けるとエレガントに見えそう、

そして初期の作品として有名な1950年発表の初期代表作。「CH25 ラウンジチェア」は、ペーパーコードの座と背、ゆったり傾いたフレームが特徴です。あっさりとした、それでいて目の詰んだペーパーコード編みの表情は、夏の家具として風の吹き抜ける部屋に置いてみても、とそんな感情を呼び起こします。

この家具を自分が使ったら─眺めるだけの北欧デザインではなく、自分の暮らしに引き寄せる。そんな感情を呼び起こす。その意味でこのイベントは大成功だったように思えました。

あっという間に時は夕暮れ。「アペリティーボはいかがですか」と声がかかります。夕方からは小さなフードとワインでおしゃべりを楽しむのがミラノの日常習慣です。仕事熱心なウェグナーも仕事の手を止めて、ミラノの人々とおしゃべりを楽しんだのでしょうか。
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取材・文/本間美紀 早稲田大学第一文学部卒業後、インテリアの専門誌「室内」編集部に入社。独立後はインテリア視点からのキッチン、家具、住まい、家電、キッチンツールまで、デザインのある暮らしの取材を得意とし、建築家住宅の取材は300件以上、ユーザーとメーカー、両サイドからのインタビューを重視し、ドイツ、イタリア、北欧など海外取材も多く、セミナー活動も増えている。著書に「人生を変えるインテリアキッチン」「リアルキッチン&インテリア」(以上小学館)、「デザインキッチンの新しい選び方」(学芸出版社)。
Report& text=Miki Homma(Journalist)
Carl Hansen & Søn Flagship Store Tokyo
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