神符授与所を抜けると、ここからは静心所のある拝観エリアとなります(拝観券500円が必要)。従来は御神木である樹齢600年以上の大楠を左に見ながら社殿へと向かう動線でしたが、根への負担を考慮し、御神木を迂回するような形で回廊式の参道が作られました。
この参道の途中に新設された建物が静心所です。これは、文字通り、拝観前に御神木と向き合いながら心を清め落ち着かせる場所。実はこの静心所の成り立ちには一本の銀杏が大きく関わっています。
この上野東照宮を含む、現在の上野恩賜公園は一帯は、寛永二年(1625年)に慈眼大師天海大僧正によって創建された東叡山寛永寺の境内でした(上野東照宮はその一つとして創建された神社「東照社」が始まり)。その天海大僧正がこの一帯に積極的に植えたのが、桜や紅葉と並んで銀杏だったそうです。
防火樹として機能する銀杏は、明治以降の東京の街作りにも活用されたといいますが、上野東照宮の御神木である大楠の前にも、社殿を守る防火樹として銀杏の木がありました。
ただ、今回の建物群を設計するための事前調査で、内部が空洞になるほど腐朽しており、倒壊の危険が迫っていることがわかったことから、中村拓志さんは、苦渋の決断でこれを伐採するかわりに、この銀杏の木を使って建物を建てることを提案しました。
静心所の屋根は、この銀杏の木からとった6センチ角の製材を用い、直線を並べて曲面を作る構造になっています。
目の前にある御神木やその奥にある社殿、そして五重塔がありのままに見渡せるよう、前側に柱を一切なくし、後ろ側をやじろべいのように引っ張る構造になっているそうです。
3つの黒い壁の前に一人ずつ、3人が座るというスケール感で作られているというこの静心所。実際に靴を脱いで板の上に座ってみると、思った以上に御神木が近く感じられ、涼やかな風とともに日々の忙しさが流れ去っていくような気がします。
人が座ったとき、頭上にある柔らかく包まれるようなドームに音がこだまして自分に戻ってくるような独特の音環境も体験できます。どんな音が聞けるか、チャンスがあれば、人のいない午前中の早い時間に訪れてみてください。
※オープンハウスは拝観時間終了後、特別にライトアップも行われていたため、記事内で紹介した写真と通常の拝観時の雰囲気とは異なることがあります。
コラム=宮澤明洋(リアルキッチン&インテリア担当編集)
■上野東照宮のホームページ
https://www.uenotoshogu.com/