・本当に棺に収めるものはなに?
2023年9月に手遅れのガンが発覚し、父は大好きな自宅での在宅訪問診療と看取りを選択しました。
「亡くなる」というより「生ききる」という姿を家族に見せ、美しい晩夏の夕方、昼寝をしていると思った父はいつの間にか、静かに深い眠りに入っていました。
葬儀社との打ち合わせで棺に収める葬儀花を減らして、父の愛した庭の木々や花、家庭菜園で丹精していた植物を入れたいと相談しました(火葬場の煙害の問題でいま副葬品には制限があります)。植物は大丈夫との返事をいただきました。
葬儀の前日、母と妹とバケツいっぱいに庭の草花や木の枝を集めました。
そして当日、読経が終わり、参列者が棺に花を収める時がやってきました。葬儀社は手慣れた様子で祭壇の花を手渡し埋めていきます。私たち遺族は遠慮がちに庭木を足元に飾ってゆきました。
父の顔はどんどん花で埋まり、テーマパークやバレエで踊っている花の精のようになってゆき、違和感を感じていました。
参列者の中に東京で寺を営む住職である伯父がいました。伯父は私たちに聞きました。
「これはあなたたちがお父さんのために用意した庭の草花なんでしょう? お金で買える花だけを入れても本当の供養にはならないんだよ」と胡蝶蘭やトルコ桔梗を外し始めました。
何百もの葬儀を執り行っている現役僧侶の行動ですから、不謹慎に当たるはずがありません。
庭の主である杏の木の葉、家に絡まっていた蔦、千両万両、実りを待っていた青柿、ざくろ、ソヨゴ、紅いボケの花、ギボウシ、紫蘇の葉、果ては菜園で育てたじゃがいも(ベークドポテト?!)、毎年咲く名も知らぬ花、、、、。
伯父は率先して父の周りに庭花を飾り始めました。参列者もわが家の庭を知っているので、伯父につられて私たちが用意した庭木や花で父の体を装ってくれます。
棺の中は森のようになり、本来の父の姿が現れました。
最後に伯父は言いました。
「いま、あなたたちが入れたものは’’時間’’なんだよ。これまでのお父さんとの時間、これからのあなたたちの時間」。
そして棺の蓋は閉じられたのです。
コラム=本間美紀(キッチン&インテリアジャーナリスト)
Text=Miki Homma(journalist)