ミラノデザインウィーク中、今回は日本のキッチンの衝撃的なニュースがありました。それは日本のオーダーキッチンブランド「マイスデル」が、ミラノ・フォーリサローネに参加し、世界へ日本のキッチンを発表したことです。
エウロクチーナの年は来場者が増える傾向にあり、世界中の人がキッチンに関心を寄せていることがわかります。ただ日本からミラノに足を運ぶ人は、キッチンデザインの情報収集や取引がメインで、自らキッチンを出す、ということは最近はほとんどありませんでした。

マイスデルは日本でも最大級の業務用厨房機器タニコーの家庭用オーダーキッチン部門のブランドです。日本全国にあるステンレスの自社工場と多くの飲食店やホテルで培った技術により、「食とインテリアを融合した」家庭向けのオーダーメイドを続けてきました。

一方で「ホテルライクインテリア」やデザイン住宅のようなレストラン、アットホームな空間をのぞむ飲食業界の内装、特注キッチンの依頼も増え、世界のインテリアとキッチンを通して、家庭とプロのキッチンの両方を行き来できる「カリナリーキッチン(美食キッチンとでもいうのでしょうか)」というオリジナルな立ち位置を確立しています。
さて話は変わって、ここはミラノの街角です。マイスデルが出展したのはトルトーナ地区。かつては倉庫街でしたが、20年ほど前から若者の集まるアート、カルチャー、デザインの最先端エリアに変わり、展示に適した大きな空間が人気の場所です。その最も中心となる交差点という条件のよい立地でした。

展示したのは東京のショールームでもメインモデルとなっている「アニマ01」。ひとつのキッチンというよりも、自社工場でできる多様な技術を盛り込んだ、複合的なキッチンといえます。詳しくは後で説明しましょう。
今回の出展について、マイスデルのブランドマネージャーの須賀千尋さんは「本社の品川区から青山にショールームを移転した時に、チーム全体に前向きな気持ちがみなぎったんですよね。実は本間さんが本社のショールームを見て、ミラノに出せるクオリテイなんじゃないかって言ってくれたことがずっと頭にあったんです」と話します。

キッチンデザイナーの伊東千春さんは「福島の工場に何度も足を運んで、1台のキッチンでいろんな技術を説明できるようにした。それでいて見た目は潔く美しいものに。たくさんのキッチンを並べるよりも、マイスデルのすべてを語る1台。このモデルができた時に、本間さんの言葉は現実になるんじゃないか、と感じたんです」と話します。
「それからはダメ元で社長に企画を出して返事を待っていたのですが、『迷いなく進め、けれども2年も待てない。もう一番早いタイミングで実行しよう』と背中を押されました」と須賀さん。
自分の言葉を引用するのは僭越ですが、今回の取材では二人が何度もそれを口にしてくれました。でも本当です。思考は現実化します。無理だと思うより、想像することが何か生み出すのだと二人は立証したのです。

さてそれからが大変です。ショールームをオープンして1ヶ月も立たないうちに、イタリアの企画会社を通して、会場探しや空間デザイン、設営の計画。そしてキッチンをバラして輸送する段取りもしなければなりません。
「グランドピアノのような複雑な形で、ワークトップも変形。そしてこのキッチンには実際にインビジブルIHも組み込まれていますから、その実演もしたかった。作ったものをバラして、イタリア仕様にしました」と伊東千春さんは発送までの苦労を話します。

オープンの1週間前から現地入りし、Airbnb(エアビー)でスタッフ同士合宿をしながら、現場に詰めたという伊東さん。「荷物が届き、梱包が解かれた時、さあ始まるぞと思いました」と振り返ります。
イナルコ(大判セラミック)のワークトップは割れることなく無事に到着。日本の一般的なオーダーキッチンでもワークトップは割れることもあるので、ここでまずほっと一息。これが割れていたら現地での補修はかなり困難になったはずです。

さらにキッチンを置く空間の壁面パネル設置。今回はステンレスの美しい曲線的なフォルムを引き立てるため、オールブラックの壁に。「現地でパネルを塗装して設置していたのですが、職人さんが壁を遠めで何度も眺めて、小口がちょっと白く見えたりすると、もう一度外して塗り直したりする。彼らの中にきちんと美意識があって、それに沿わないときは、ちゃんとやり直しをする。技術的な問題ではなく、感性の部分でも何度も確認する。これは日本では体験したことのないことでした」(伊東さん)。
伊東さんは搬入から完成まで数日間、ずっと現場に立ち会い、施工技術という側面からもイタリアの感性や技術を知ることができたといいます。

最後は日本から後発組のチームが到着し、現場でキッチンの細部をチェックします。設備機器や扉のヒンジ、ステンレスの仕上げ磨きまで、まるで愛馬のように日本の技術者集団がキッチンを整えていきました。

そしてお披露目されたのが「アニマ01」です。曲線的にカットされた扉。その中にはワイングラスやボトルを納める収納となり、中のものが綺麗に見えるというインテリアキッチンです。厚さ1mmのステンレスを使い、まろやかなバイブレーションでマットな表情に仕上げています。

曲線を描くワークトップはイタリアでもピッタリとおさまります。そしてこの上では3種類の料理ができます。まずは鉄板焼き。次に鉄板の奥にあるガスコンロでの直火料理。さらに奥に見える鍋が置いてある位置は、タニコーの技術で製作したオリジナルのインビジブルIHで、実際にお湯を沸かすことができます。IHクッキングヒーターが見えなくても、天面の下に組み込んだIHクッキングヒーターが発熱し加熱できる設備です。
「ヨーロッパでは多くの高級キッチンが、インビジブルIHの採用に踏み切っています。どうしてもこれは実演しなければわからない。イタリアで通電してお鍋でお湯が沸いたときはみんなで喜びました」と須賀さん。

イタリアも自動車産業やキッチンツール、時計などでステンレススチールの技術には長けた国です。その中で勝負するために、強調したのは、自在にカット、溶接、研磨できるステンレス。絹目のように見えるクロスヘアライン仕上げなど「ステンレスだけだったら、磨きやバイブレーションの表現にとどまります。でも、いろいろな表現の幅を、あの時に全部チャレンジした感じでした」(伊東さん)。

「このモデルのこのデザインというより、工場でここまでの美しい加工ができるということを伝えられる」(伊東さん)。これまでのステンレスの金属感、冷たいという先入観を取り払い、視覚や五感で感じる表現のパレットを広げたのです。
またトップの上に設置された1本足のステンレストレー(写真中央のガラス皿が載っている部分)は、業務用厨房でディシャップと呼ばれる、できた料理を載せる台の技術から発展したもので「キッチンで料理をしながら、ここにフィンガーフードを並べたり、アイディア次第で使える場所」と伊東さんは説明します。

内側から見ると、キッチンは流れるような曲面になっています。この形に引出しや開き扉をつけられるのも、タニコーの技術が生かされていて、多くの来客から称賛されたそうです。
またこの形は並んで料理してもぶつかりにくい動線で、さらに昨年からキッチンデザインにおいて流行の兆しを見せているラウンドフォルムのトレンドにも足並みをそろえることになりました。

直線と曲線の絶妙なプロポーション。3つの違った加熱調理法。見せる収納と隠す収納。セラミックとステンレスという異素材の組み合わせ。ひとつのモデルでたくさんの可能性を見せることができます。
そして大きいキッチンが多いヨーロッパの中で、多機能なのに適度にコンパクトなサイズであるのも、日本らしい感覚といえます。こうして「アニマ01」はミラノの地でもまさに「魂を宿した」のです。
さてこの記事を読んで、一番気になるのは世界中から訪れた来客からの評価ではないでしょうか?来場者数は約2700名。来場者は日本とイタリアが最も多く、スイス、フランス、ドイツ、オランダなどのEU圏のほか、レバノン、ギリシャ、ブルガリアなどの欧州圏、さらにはアメリカのほか、オーストラリア、ブラジルといった南半球からも来場がありました。

「ステンレスでこの形ができていることがすごい」(イタリア人建築家)、「新しいレストランキッチンとして興味がある」(イタリア人シェフ)、「カリフォルニアの邸宅に採用してみたい」(アメリカ人エージェント)、「ワイナリーのデモキッチンによさそう」(イタリア在住日本人)など、このフィードバックこそ、今回の大きな成果と言えるでしょう。

注目すべきは伊東さんのこのコメントです。「いま、イタリアのキッチンはみな建築に引っ張られて、空間と一体化しようとしている。キッチンそのものよりも生活空間を作る方向に向かっている中で、マイスデルのキッチンが料理に特化しているのは意外と目立っていました。まるでレストランのようだと言われました」とブランドのアイデンティティも明確に方向性が見えた結果となりました。

また「デザイナーは誰ですか?」という質問も多かったそうです。日本ではオーダーキッチンは使う人が主役なので、デザイナーの名前はあまり重視されません。今回、ミラノで伊東さんはキッチンデザイナーとして現地メディアの取材も多く受けたそうです。ものだけではなく「人」にも興味を持つ。その辺りに私も日本との受け止め方の違いを感じました。

「本当は2年くらい準備したかった」と須賀さんは言いながらも、「勢いで出してしまったのは良かったかもしれない」とも振り返ります。それはやはり世界の全く違う価値観を持つ人から多様なフィードバックを受けたからです。
「オーダーというが、こういうものは作れないのか? ビルトイン機器などテクノロジーをつかった設備が入ってないのになぜこの値段なのか? といった質問から、実際に取引したいという商談もありました」と須賀さん。

「記念受験みたいにならないように(笑)、次回もチャレンジしたい」と須賀さんと伊東さんは意欲的です。日本のオーダーキッチンが世界のマーケットで正しく評価される。メイド・イン・ジャパンの底力を感じました。
●MEISDELのサイトはこちらから
https://meisdel.com/
●MEISDELのショールームのご予約はこちらから
https://showroom.meisdel.com/
取材・文/本間美紀 早稲田大学第一文学部卒業後、インテリアの専門誌「室内」編集部に入社。独立後はインテリア視点からのキッチン、家具、住まい、家電、キッチンツールまで、デザインのある暮らしの取材を得意とし、建築家住宅の取材は300件以上、ユーザーとメーカー、両サイドからのインタビューを重視し、ドイツ、イタリア、北欧など海外取材も多く、セミナー活動も増えている。著書に「人生を変えるインテリアキッチン」「リアルキッチン&インテリア」(以上小学館)、「デザインキッチンの新しい選び方」(学芸出版社)。
Report& text=Miki Homma(Journalist)
MEISDEL Kitchen Gallery
東京都港区南青山1-15-41 VORT南青山Ⅱ 1階
アクセス:青山一丁目駅徒歩4分、乃木坂駅徒歩5分
営業時間:10:00〜17:00【完全予約制】
定休日:休館日 年末年始、特定日
TEL:03-6271-5020
ウェブサイト:https://showroom.meisdel.com/
インスタアカウント:https://www.instagram.com/meisdel.order_kitchen/